Takeshi Ikemoto

医療 × 経営 × テクノロジー

·夜便 1本目·

フィジカルAI時代に主役が変わった理由は、「賢さ」から「安全な身体」に競争軸が移ったからだ

ファナックフィジカルAI産業用ロボットIEC62443

フィジカルAI(物理空間で実際に動くAI)の時代に競争の軸は、AIが賢いかどうかではなく、その賢さを「安全に動く身体」で実現できるかどうかに移っています。ファナックの70年の蓄積は、その競争軸で有利な位置にあります。

一言で言うと

AIが賢くなればなるほど、それを動かす「身体の信頼性」が競争の決め手になります。70年かけてその基準を世界標準にしてきたファナックが今の株式市場でフィジカルAI銘柄の主役に浮上しているのは、流行に乗ったからではなく、競争軸がファナックの土俵に移ってきたからです。

何が起きているのか

ファナックは2026年4月24日、2026年3月期の決算を発表しました。売上高8578億円、経常利益2274億円(前年比15.6%増)で、市場予想を4.4%上回りました。純利益は前期比12.9%増の1665億円です。

業績を押し上げたのは中国市場です。AI・ヒューマノイドロボット・医療・電動車(EVやハイブリッドなど新エネルギー車)向けの設備投資が急拡大しており、2026年1〜3月期のFA(工場自動化設備)受注は前年同期比で約4割増えました。最大500億円の自社株買いも同時に発表されました。

その3日後、4月27日に日経平均株価は終値60,537円と、史上初めて6万円台に達しました。日本経済新聞は「フィジカルAIという言葉で呼ばれる企業群への買いが相場を押し上げた」と報じ、ファナックがその中心的な銘柄として名指しされました。

ファナックは1956年から工場の自動化設備を手がけ、1977年から産業用ロボットを量産してきた会社です。世界の自動車工場・半導体工場・食品工場で、累計100万台超のロボットが稼働してきました。2025年に発表したロボット制御装置「R-50iA」は、産業用制御システムのサイバーセキュリティ国際規格「IEC62443」(外部からの不正侵入への対策を定めた国際規格)を、ロボット制御装置として世界で初めて取得しています。

同社の協働ロボットがすべて緑色をしているのは、ブランディングのためだけではありません。アーム全体に衝突を検知するセンサーが搭載されており、人や障害物に触れると即座に停止します。色そのものが「人間に安全な機器である」というシグナルとして機能しています。

2027年3月期の業績予想は、売上高9096億円(前期比+6.0%)、営業利益2122億円(同+15.5%)と強気の見通しを示しています。

AI業界の文脈では

生成AI相場(2022〜2025年ごろ)では、Nvidia・Microsoft・Metaといった米国企業が主役でした。「AIとは計算能力とデータと賢いアルゴリズムの問題だ」という前提があり、その土俵で勝てる企業が評価されていました。この文脈では、日本の製造業は脇役にしか見えませんでした。

ところがフィジカルAI(物理空間で実際に動くAI、つまりロボットや自動化機械に搭載されるAI)の時代に入ると、前提が変わります。いくら賢いAIでも、それを動かす身体が壊れたり暴走したりすれば現場では使えません。工場は「止まればそのまま損失」の世界です。現場は機能の先進性よりも、止まらない・暴走しない・責任を取れる信頼性を先に選びます。

「AI銘柄が終わった」という見出しは少し誇張です。より正確には「ソフトウェアAIだけを競争軸としていた相場が、物理空間での信頼性を競争軸とする相場に広がった」というのが実態に近いでしょう。

私の見立て

競争軸の移動を少し具体的に見ると、こうなります。

賢さ(計算・アルゴリズム)は、追いかけ続ければいつか他社も追いつける性質のものです。一方、「壊れない身体」「暴走しない身体」「世界中の現場で積み上げた実績」は、70年の製造ノウハウと実証データが必要で、資金があれば1〜2年で埋まるものではありません。ファナックの協働ロボットが世界の工場で累計100万台動いてきたことは、そのノウハウの蓄積を示しています。

もう一つ注目すべきなのは、NvidiaとファナックがフィジカルAI領域で協業関係を結んでいるという事実です。Nvidiaが「賢い頭脳」を提供し、ファナックが「安全な身体」を提供するという役割分担は、両社が異なる競争軸でそれぞれ優位にいることを前提に成り立っています。賢さと信頼性は、片方だけでは意味をなさない、というわけです。

ただし、この見立てが崩れる条件も一つあります。中国のロボットメーカーが、ファナックと同程度の信頼性をより低いコストで届けられるようになった場合、「安全で壊れにくい身体」が差別化要因として効きにくくなります。中国のヒューマノイド各社がどれだけ早く品質を上げるかは、今後1〜2年で押さえておきたい動きです。

→ 何が変わるか: 工場や物流倉庫でのロボット導入の判断基準が変わります。「何ができるか」から「どこまで信頼できるか」を先に確認するプロセスが現場に定着し始めます。安全性と実績を持つメーカーが、新興の高機能ロボットより早く採用される傾向は、今後も続くと見ています。

→ 何をすべきか: ロボット・自動化機械の導入を検討している企業は、スペック表の機能一覧より先に「安全規格の取得状況」と「同じ用途での導入実績」を確認することを勧めます。フィジカルAI時代の現場評価は、機能の先進性より信頼性の証明を優先する方向に移りつつあります。