Takeshi Ikemoto

医療 × 経営 × テクノロジー

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AWS が 35 年続いた『fat-tree』型のネットワーク設計を、準ランダムに置き換える RNG を 2024 年から本番投入していた

AWSRNGデータセンターネットワーク設計

AWS は、データセンター内でサーバー同士をつなぐネットワーク設計を、1980 年代半ばから 35 年以上続いてきた「fat-tree(ファットツリー)」型——機器を階層状に積み上げる木のような構造——から、RNG と呼ぶ「準ランダム(quasi-random)」な平坦設計——階層をなくし接続をやや無作為に散らした構造——に置き換え、2024 年からダブリンを皮切りに本番投入してきました。

一言で言うと

AWS が新しいネットワーク設計を発表したと聞くと、「また AI 訓練向けの最適化」と読みたくなります。しかし今回は AWS 自身が逆を明言しました。AWS Network Engineering 部門の Vice President である Matt Rehder 氏は「RNG は当社のコア需要に最適だが、AI 訓練のデータパターンはより協調的で中央集権的に整列されており、ランダムグラフには近似しない」と Wired に語っています。かみ砕くと、「普段のクラウド業務には最適だが、AI 訓練はデータの流れ方が違うので、この設計は向かない」という意味です。

ポイントは 2 つあります。1 つは、この設計が理論上は 10 年以上前から知られていたのに誰も大規模化できなかったもので、それを AWS が独自のソフトとハードで初めて実現した点。もう 1 つは、すでに 2024 年から本番運用に入っていたという時系列です。AI 訓練ではない「普段のクラウド」の単位コストが、ハードウェアの世代更新だけでなくネットワーク設計の世代更新からも下がり始めた、と読める出来事だと考えます。

何が起きているのか

Wired が 2026 年 5 月 29 日に公開した記事と、AWS が先月発表した論文「RNG: Flat Datacenter Networks at Scale」によると、AWS は新しいデータセンター向けネットワーク設計 RNG を公開しました。何が新しく、なぜ AWS がそれを実現できたのかを、順に見ていきます。

置き換えられた『fat-tree』とは何か

1980 年代半ば以降、データセンターを含む通信ネットワークの大半は「fat-tree(ファットツリー)」と呼ばれる階層構造で設計されてきました。通信機器を 2〜3 段に積み上げ、上の段ほど太い回線でつなぐ木型の構造で、データはこの段を上下に行き来します。信頼性は高い一方、通信が集中する上の段に太い回線を用意し続けないと詰まり(ボトルネック)が起きやすく、配線も複雑になりやすいという弱点を抱えていました。

そして、配線そのものが AWS にとって最大級のコスト要因でした。Wired によると、AWS のデータセンター全体で使われている光ファイバーケーブルはおよそ 2,000 万 km、地球と月の往復およそ 25 回分に相当します。この配線量の多さは、後述する「なぜ AWS が動いたのか」にも関わってきます。

RNG の中身: 準ランダムな平坦ネットワーク

RNG は、完全に規則的でも完全にランダムでもない「準ランダム(quasi-random)」な平坦ネットワークです。階層を積み上げる代わりに、機器どうしの接続をやや無作為に散らし、データはどの機器からも近道で目的地へ届きます。Rehder 氏は「ネットワークを平坦化することで従来設計のボトルネックを排除した。これを大規模に実現したのは我々だけだと考えている」と述べています。

なぜ「良い」と分かっていたのに、今まで誰もできなかったのか

実は、この準ランダムな平坦設計という考え方自体は新しくありません。原型は 2012 年に University of Illinois Urbana-Champaign の Brighten Godfrey 教授らが発表した「Jellyfish(クラゲ)」論文で、クラゲのように接続を柔軟に組み替えられ、fat-tree より効率的だと理論上は長く知られていました

それでも大規模な商用導入が実現しなかったのは、2 つの壁があったからです。第一に、経路選択(ルーティング)が難しいこと。fat-tree は階層構造なので「上って降りる」と経路を決めやすいのに対し、接続を無作為に散らすと、どの道を通すかの計算が一気に複雑になります。第二に、配線が物理的にぐちゃぐちゃになること。接続を無作為にすると、ケーブルがあらゆる方向に伸び、人手で配線・管理するのが現実的でなくなります。

AWS が 2 つの壁をどう越えたか

AWS は、この 2 つの壁をソフトとハードの両面で解いた、と説明しています。

経路選択の壁には、独自開発のルーティングの仕組み「Spraypoint(スプレイポイント)」を当てました。「最短の 1 本を計算して選ぶ」という従来の発想を捨て、使える経路すべてにデータを撒く(spray)設計です。これで「最適な 1 本を求める」計算の難しさを回避します。

配線の壁には、「ShuffleBox(シャッフルボックス)」と呼ぶ受動的な(電気を使わない)光学装置を当てました。ルーター間のケーブル接続を装置の内部で自動的にシャッフルするため、外から見えるケーブルは整然と並びつつ、中身は準ランダムな接続になります。Wired の記者は Cupertino の AWS ネットワークラボで、従来 fat-tree の「乱雑にあふれるケーブル」と、ShuffleBox を通した RNG の「整然と波打つケーブル」を並べて確認できたと書いています。

ここに至るまでは試行錯誤もありました。論文の主著者である AWS の Giacomo Bernardi 氏(共著に Amazon Scholars の Ratul Mahajan 氏、Seshadhri Comandur 氏)は、当初、英国の物理学者 Roger Penrose の「Penrose 敷き詰め(タイル)」を参考に規則的な平坦メッシュを試したものの、シミュレーションで期待した効率が出ず、あえて構造をランダム化する方向に切り替えた、と振り返っています。

なぜ AWS だったのか

技術以外の背景も大きいです。第一に、規模。前述のとおり配線が 2,000 万 km に及ぶ AWS にとって、配線コストを削る動機は誰よりも強くありました。第二に、内製力。Spraypoint(独自プロトコル)も ShuffleBox(独自ハード)も自社開発で、汎用品を買うのではなくソフトとハードを同時に設計できる体力があったことが、10 年以上越えられなかった壁を解く決め手になっています。

AWS が示した数字

AWS が公表している RNG の効果は次のとおりです。Wired における Rehder 氏の発言として、従来ネットワークと比較してルーター・スイッチが 69% 少なく、データスループットが 33% 高く、ネットワーク電力消費が 40% 低く、運用コストが 27% 低いとされています。Tom's Hardware の記事では、インフラコストを最大 45% 削減でき、AWS の全世界クラウド規模では「数十億ドル」級の節約になり得ると報じられています。

なお、これらは研究としての予告ではありません。RNG は 2024 年のダブリン(アイルランド)データセンターで初投入され、その後ドイツ・スペインへ拡大、現在は新規建設されるデータセンターのほとんどに採用済みです。本番で 1 年以上動かしたものを、後から論文で見せたという時系列です。

強調されている点: AI 訓練向けではない

最後に、AWS が明確に切り分けているのが「これは AI 訓練向けではない」という点です。AI 訓練では、計算を担う多数の GPU(画像処理半導体)の間でデータが決まったパターンで流れるため、接続を無作為に散らした設計の強みが活きにくい、という説明です。今回の数字は、AI ブームの中心ではなく、その周辺にあたる everyday なクラウドワークロード(一般的な Web サービス、データベース、ストレージなど)で達成されたものです。

AI業界の文脈では

ネットワーク設計の見直しは、ハイパースケーラー(AWS・Google・Microsoft など巨大クラウド事業者)各社で並行して進んでいます。Wired によれば、Google は以前から「optical circuit switching」(OCS: 光学回路スイッチ)を採用しており、微小な鏡で光の通り道を切り替えることで、光ケーブルのつなぎ方をリアルタイムで組み替えています。OCS も fat-tree 一辺倒からの脱却で、エンジニアリング上の複雑さとコストを抱えた別解です。今回の AWS の RNG は、Google の OCS とは異なるアプローチで、より本格的な置き換えに踏み込んだ事例にあたります。fat-tree 時代の見直しが、ハイパースケーラー各社で並行して動いているという文脈で読めます。

直近の業界ニュースは AI 訓練向けの数値(GPU の数、FLOPS=計算速度の単位、モデルの大きさ)が前面に出ることが多かった中、AWS が「あえて AI 訓練の話ではない」と切り出してきた点も文脈として目立ちます。AI 訓練のための計算・帯域競争はメディアの注目を集めますが、ハイパースケーラーの売上の大半は AI 訓練ではない everyday なクラウドサービスから来ます。AWS は、競合がメディア注目を集めやすい AI 訓練側に資源を傾ける中、自社の本業(everyday workload)の単位コストを構造的に下げる方向で手を打った、という見方ができます。

私の見立て

私の見立てを 2 点に分けて述べます。1 点目は注目すべきこと、2 点目は留保しておくべきことです。

1 点目として、今回の効果が「AI 訓練ではない本業」に効く点の重みを、あらためて押さえておきたいです。本業の単位コストが下がることは、新規データセンター建設・電力契約・価格戦略のすべてに長期的に効きます。AI 推論・通常 SaaS・データウェアハウスなど、AI ブームに直接乗らないユーザーにとっても、「同じ料金でより多く回る」「将来の値下げ余地が増える」方向に作用する可能性があります。

そしてこれが「導入完了後の発表」である点も、評価を後押しします。学術段階の予告ではなく、本番運用が定常化した段階まで進んでいる——つまり、効果が実環境で確かめられたうえで公表された、と読めるからです。

2 点目として、留保点を 3 つ置いておきます。第一に、69% 装置削減・33% スループット増・40% 電力削減・27% 運用コスト削減という数字は、すべて AWS の自社公表値で、比較対象となる「従来ネットワーク」の具体的構成や測定条件は Wired・Tom's Hardware の記事には書かれていません。比較条件が変われば効果の見え方も変わり得ます。

第二に、Rehder 氏が「RNG は AI 訓練向けではない」と明言している通り、AI 訓練クラスタには別のネットワーク設計が使われ続けることになります。今回の改善は、AWS 全体の中で「AI 訓練ではない部分」に効くもので、AI 訓練向け価格や GPU 提供能力には直接影響しません。「AWS が AI 競争で先行した」と読むのは過剰評価です。

第三に、ShuffleBox や Spraypoint の詳細(処理能力、故障時の挙動、運用上の落とし穴)は、論文公開直後の現時点では Wired と Tom's Hardware の記事の範囲を超えた検証情報がまだ乏しい段階です。他社(Microsoft Azure、Google Cloud)が同様の設計を追随できるか、その場合のキャッチアップ期間がどれくらいかも、現時点では判断材料が不足しています。

それでも、35 年以上続いてきた fat-tree 型の設計を、ハイパースケーラーが本番で置き換え始めたこと自体は、データセンター・クラウドの長期コスト構造を変える可能性のある出来事だと考えます。AI ブームの陰で、その下の「インフラ層」が静かに書き換わりはじめている、という補助線で読むと、今後出てくる他社のネットワーク発表の意味合いも掴みやすくなるはずです。

→ 何が変わるか: クラウドの単位コスト(特に AI 訓練ではない everyday workload の単位コスト)の下げ余地が、ハードウェアの世代更新だけでなく「ネットワーク設計の世代更新」からも生まれるようになります。AWS の RNG、Google の OCS、後続が出るかもしれない Azure などの動きが、これからのクラウド比較の評価軸に加わります。

→ 何をすべきか: クラウド利用者の立場では、「AI 関連の値下げ」よりも「普段使いのクラウドサービス(汎用 VM=仮想サーバー、データベース、ストレージ、推論)の価格・性能改善」の方が、今後数年で大きく動く可能性があると見ておくとよいです。長期の契約タイミングを検討している場合は、AWS の新規データセンター稼働と、これらの数字が実際の料金にどう波及するかを、四半期決算のコスト動向と合わせて追うことを勧めます。クラウドを比較するシステム部門では、「計算性能(GPU の数や速度)」だけでなく、ネットワーク設計(旧来の fat-tree か、新世代の平坦設計か)も比較軸に加えると、長期的な保有コスト(TCO: Total Cost of Ownership)の差を見抜きやすくなります。