Takeshi Ikemoto

医療 × 経営 × テクノロジー

·夜便 1本目·

ChatGPTは診断で著しく向上——しかし「どう治るか」を決める力はまだ別の話

ChatGPTo1モデル医療診断治療選択

OpenAIのo1モデルは、医学誌NEJMが掲載した複雑な診断ケースで正確率78%を記録し、診断の精度では医師と同等水準に達しつつある。しかし診断は医師の仕事の半分に過ぎず、治療方針の判断では患者の価値観や個人的背景を考慮できる医師がまだ優位にある。

一言で言うと

AIは「何の病気か」を当てる力では医師に並びつつありますが、「どの治療を選ぶか」という判断には患者一人ひとりの事情が絡むため、ここではまだ医師の方が優位にあります。

何が起きているのか

The Conversationに寄稿したバージニア大学医学准教授のアンドリュー・パーソンズ氏が、AIの医療診断能力に関する複数の研究を整理し、その可能性と限界を示しています。

診断精度では医師に並ぶ水準へ

2026年4月に発表された研究では、OpenAIのo1モデル(推論特化型のAI)が、医学誌NEJM(ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)に掲載された複雑な診断ケースを対象に78%の正確率を記録しました。NEJMが取り上げる症例は教育目的のものが多く、難易度が高いとされています。2024年の研究でも、医師がツールと一緒に使う状況下でChatGPTが複雑なケースの診断で医師と同等水準の性能を示したとされています。

しかし「診断」は医師の仕事の半分に過ぎない

パーソンズ氏は、診断(何の病気かを特定すること)は医師の仕事の「半分に過ぎない」と述べています。残り半分は管理推論(management reasoning)、つまり「どう治るか・どの治療を選ぶか」の判断です。

この判断には、統計や確率だけでは答えが出ない要素が絡みます。記事では前立腺がんを例に挙げています。長期追跡研究によると、経過観察と積極的治療のどちらを選んでも生存率に大きな差はない一方で、経過観察を選んだ患者はがんが広がるリスクが約2倍高くなるとされています。どちらが「正解」かは数字だけでは決まらず、患者が何を重視するか——副作用への耐性、仕事や生活への影響、将来への不安——によって変わります。

「AIはあなたが経験してきたことを知らない」

パーソンズ氏は、AIが苦手とする部分を「AI does not know what you have been through(AIはあなたがこれまで経験してきたことを知らない)」という言葉で表現しています。不確実性を認識した上で患者の価値観に沿った選択を促す力は、現時点では医師が上回るとしています。

AI業界の文脈では

この記事が描くのは「AIが医師を置き換えるか」という二項対立ではなく、医師の仕事の中でAIが得意な部分と苦手な部分が分かれてきているという状況です。

診断はパターン照合(多数の症例データから類似パターンを探す)が得意なAIが強みを発揮しやすい領域です。一方、治療方針の決定は情報の整理だけで完結せず、患者との対話を通じて価値観を引き出し、不確実性を抱えながら判断を下すプロセスが必要になります。

AIが診断精度で医師水準に達しつつあることは、別の問いを浮かび上がらせます。診断の補助にAIを使う場合、医師の仕事はどこに集中すべきか。パーソンズ氏が指摘する「管理推論」、すなわち患者と一緒に治療方針を考えるプロセスこそが、今後の医師の中心的な役割になる可能性があります。

私の見立て

注目すべきは正確率78%という数値そのものより、「診断とは医師の仕事の半分に過ぎない」という枠組みの方だと考えます。AIの能力評価の多くは診断精度に焦点を当てがちですが、実際の医療における意思決定の難しさは、診断の後に始まる部分にあるというのが、医師の立場から提示された視点です。

留保も述べます。この記事が参照した研究の詳細(対象患者数、比較条件、AIへの入力情報の範囲)は記事内には示されていません。78%という数値はNEJMの教育症例という特定の文脈での結果であり、実際の救急外来や一般外来での診断精度とは条件が異なります。また、管理推論についての研究は診断精度の研究ほど数が多くないため、今後の検証が必要な領域です。

→ 何が変わるか: 診断補助AIの精度が医師水準に近づくにつれ、医師の役割の重心が「何の病気か」の特定から「患者と一緒にどう治るかを決める」プロセスへ移る可能性があります。

→ 何をすべきか: 医療AIの導入を検討する組織は、精度指標(正確率)だけでなく、治療方針の決定プロセスにどう組み込むかの設計を同時に考える必要があります。