一言で言うと
AIが節約した時間の半分以上が、AIの監視・修正・再プロンプトに消えています。作業の総量が減ったのではなく、「こなす仕事」から「AIを管理する仕事」に種類が入れ替わっただけです。そのコストを、組織はまだ数字で見えていません。
何が起きているのか
スタンフォード大・カリフォルニア大バークレー校の研究者が参加する Work AI Institute が、米・英・豪のデジタルワーカー6,000名を対象に調査した結果を発表しました(調査期間: 2025年12月〜2026年1月)。調査はAI企業 Glean がスポンサーです。
調査の主な数字を整理します。
- AIによる生産性向上: 週あたり約11時間の節約
- botsitting 時間: 週あたり6時間以上(AI出力の確認・誤り修正・プロンプト再実行)
- AIとのインタラクション時間の内訳: botsitting 37% / 実際の作業 36%
- AIセッションの失敗率: 3分の1以上が全面やり直しか大幅修正が必要
- 個人レベルの生産性向上を感じた割合: 75%
- 組織レベルで大きなビジネス成果が出た割合: 13%
「botsitting」とは、AIの出力を確認し、誤りを修正し、プロンプトを書き直す作業のことです。この言葉は今回の報告書が使い始めた造語です。
具体例として、ある若手エンジニアがAIが生成した数千行のコードをレビューせず夜に納品し、バグが含まれていたため、締め切りに追われた上級エンジニアが翌朝解きほぐす羽目になったケースが紹介されています。若手は中身を説明できなかったと報告書は記しています。
調査では41%のワーカーが「自分では説明できないAI生成の成果物を提出したことがある」と回答しています。
AI業界の文脈では
「AIを導入すれば生産性が上がる」という主張は広く受け入れられています。その前提には「節約した時間は別の価値ある仕事に使える」という想定があります。しかし今回の調査が示すのは、節約した時間の多くがAIの監視に消えているという現実です。
個人の75%が生産性向上を感じているのに、組織レベルで成果を報告した企業は13%に留まっています。この75%と13%の乖離は、個人の体感と組織の実態の間にある大きなギャップを示しています。
シリコンバレー企業がAI活用を社員に強く促している流れの中で、Uberが2026年のAI予算を4ヶ月で使い切り、使えるフィーチャーを一つも出荷できなかった事例も報告書は引いています。
私の見立て
なぜこのコストが見えにくいのか、インセンティブの構造から見ると理由があります。AIベンダーは「週11時間節約できた」という数字を訴求します。「週6時間の監視コストがかかった」という数字は訴求しません。計測しにくいコストは、測られないまま報告書から消えます。
情報の流れでも非対称があります。個人は「AIのおかげで速く終わった」と感じます。ただし、同じ仕事をAIなしでやったときにかかる時間との正確な比較はしていません。組織の上層部は「AIに投資しているから生産性は上がっているはず」という前提で動き続けます。75%の個人の体感が、13%という組織の成果数字と食い違ったまま、両者の間に情報の壁があります。
研究者の Paul Leonardi 氏(UCサンタバーバラ・技術管理学)はこう述べています。「個人貢献者がAIツールのマネージャーになることを期待されているが、そのための管理コストが考慮されていない。」
もし外れるとすれば、AIの精度が大幅に上がりセッション失敗率が下がれば、botsittingの時間は短縮します。また、AI導入が成熟フェーズに入ることで個人の生産性が組織成果に波及していく可能性もあります。
→ 何が変わるか: 「AIを使った時間の節約」という指標だけでは、AIの真のコストを測れないことが数字で示されました。botsittingを含めた実際の投資対効果の計算が、AI導入判断の基準として求められ始めます。
→ 何をすべきか: - 個人・現場担当者: AIとのインタラクションにかけた時間を、節約できた時間と並べて記録してみてください。「節約11時間・監視6時間」のような自分の実数が見えると、どのタスクにAIを使うべきかの判断が変わります。 - AI導入担当・経営者: 導入効果の測定に「botsitting時間」を指標として加えることを検討してください。個人の体感ベースの生産性報告だけでは、組織への波及を見誤るリスクがあります。