はじめに
多くの医療AIスタートアップが、「AIで診断の精度を高めること」を目標に研究開発を進めていること自体は、意義のある取り組みだと思います。
一方で、乾癬やアトピー性皮膚炎など皮膚科の一部の慢性疾患では、日本皮膚科学会の診療ガイドラインなどにおいて、PASIやEASIといった重症度スコアを用いて「中等症〜重症」かどうかを評価することが推奨されており、高価な生物学的製剤やJAK阻害薬を選択する際の重要な根拠となります。
保険制度上、「PASIが何点以上でないと処方できない」といった形式的な縛りがあるわけではありませんが、実務的には、医師が中等症〜重症と判断した根拠として、こうしたスコアをカルテに残しておくことが、審査や監査、患者さんへの説明のいずれにおいても望ましいと考えています。
忙しい外来診療の中では、本来こうしたスコアで評価すべき場面でも、「軽症〜中等症くらい」といった曖昧な表現で済ませてしまいがちであり、医師と患者が重症度を共有するうえでも課題があります。
重症度を数値として示し、その後の経過の中でどう変化しているかも含めて説明できることは、治療方針の決定と患者とのコミュニケーションの両方において意味があります。
今回紹介するスペインのスタートアップLegit.Health(レジット・ヘルス)は、診断そのものではなく、この重症度スコアの算出をスマートフォンとAIで自動化することに特化しています。
医師が「この患者さんは乾癬」「この患者さんはアトピー性皮膚炎」と診断したあと、その重症度を評価し、生物学的製剤など高価な薬を使うべきかどうかを判断する場面で、このツールが活きます。
外来で一人ひとりに対して面積を測り、スコアを計算するのは現実的には大きな負担です。スマートフォンで患部を撮影するだけで、数秒後には重症度スコアと前回からの変化が表示される。Legit.Healthは、そうした「診断後の評価と記録」を支える実務的なAIとして位置づけられます。
Startup Fact Sheet(企業概要)
企業名:Legit.Health プロダクト名:Legit.Health (Clinical Data Platform) 本拠地:スペイン(ビルバオ) 創業年:2019年 ステージ:Seed〜Series A 規制承認: CE Mark Class IIa(医療機器認証) コア技術:皮膚病変の自動検出と重症度スコアリング(PASI, EASI等)
Legit.Health - AI-Powered Dermatology Clinical Decision Support
Legit.Health is the Revolutionary Clinical Data and Communica
legit.health
https://legit.health/
1. 創業者のビジョン:なぜこのサービスをつくったのか?
CEOのAndy Aguilar氏は、自身も慢性的な皮膚疾患を持つ患者でした。 診察室で「先月より良くなっていますね」「中等症くらいですね」と説明されても、具体的にどの程度良くなったのか、自分の位置づけがどのあたりなのかを数値として共有できないことに違和感を覚えたと言います。
患者が本当に知りたいのは、自分の病名が何で、現在の重症度がおおよそどのグレードにあり、その後の経過の中でどのように変化しているのかを、医師と同じ“ものさし”で確認することです。
その共通言語となるのが「データ(スコア)」であり、この課題意識が、診断名をつけるツールではなく、医師と患者が重症度を共有するためのコミュニケーションツールとしてのAI開発につながりました。
2. 仕組み解説:AIがどうやって重症度スコアを出しているのか?
Legit.Healthが提供している価値は非常に明確です。
Technology:診断ではなく「計測」
多くの皮膚科AIは「これはメラノーマ(癌)です:確率95%」と出します。 しかしLegit.Healthは、「乾癬(かんせん)のPASIスコア:12.5点」と出します。
ここでいうPASI(Psoriasis Area and Severity Index)は、皮膚が赤く盛り上がって鱗屑(フケのような皮むけ)が出る慢性皮膚疾患「乾癬」の重症度を0〜72点で評価する国際的な指標です。
一方、EASI(Eczema Area and Severity Index)は、かゆみや湿疹を繰り返す「アトピー性皮膚炎」などの湿疹の重症度を0〜72点で評価する指標であり、どちらも特定の疾患に限定された「専用のものさし」です。
ここで重要なのは、「これは乾癬か・アトピーか」といった診断そのものはあくまで医師が行い、その診断に応じて選ばれたPASIやEASIの“計測と計算”だけをAIが自動化しているという点です。Legit.Healthは診断権には踏み込まず、診断後の「どれくらい酷いか」という評価プロセスだけを高速化しています。
PASIやEASIといった重症度スコアを算出するには、本来、医師が「患部の面積」や「赤みの強さ」を目視で確認し、複雑な計算式に当てはめる必要があります。これは非常に時間がかかるため、忙しい外来では敬遠されがちです。
Before / After:外来現場で何が変わるのか
Before(人力だけでPASI/EASIをつける)
診察室で全身をチェックし、「病変のある部位」「面積のおおよその割合」「赤み・盛り上がり・皮むけの程度」を一つひとつメモする。
診察が終わったあと、表を見ながら電卓で計算式に当てはめて最終スコアを出す。
1人あたり数分かかるうえ、忙しい外来では「今日はだいたい中等症で…」と曖昧に済ませたくなる。
After(Legit.Health を使う)
患部をスマホで数枚撮ると、画像AIが「どこが病変か」「どれくらいの面積か」「赤みや皮むけの強さはどのレベルか」を自動で読み取る。
PASI/EASIの公式に自動で流し込み、数秒で最終スコアと前回からの変化グラフまで出る。
医師は計算に時間を取られず、スコアを見ながら治療方針と患者への説明に集中できる。
Business Model:三者それぞれの価値と収益源
1. 対 患者:自分の病名だけでなく、現在の重症度や経過の変化を数値で確認できるようになります。診察のたびにPASI/EASIが記録されることで、「どの程度良くなっているのか」「治療方針の変更にどんな意味があるのか」を共有しやすくなります。
2. 対 医療機関(医師・病院): 忙しい外来の中で時間を取られがちな面積測定やスコア計算を自動化しつつ、高価な生物学的製剤やJAK阻害薬を選択する際の重症度の根拠をカルテ上に残しやすくなります。診療の質の向上と、保険請求・監査対応の双方に寄与するツールとして位置づけられます。
3. 対 製薬会社・CRO: 新薬の治験において、SCORAD, EASI, PASI, IHS4 などの標準化された重症度スコアを一貫した方法で自動算出することで、「薬が効いたかどうか」を客観的かつ再現性の高い指標で示すことができます。これは、試験デザインや規制当局への説明のうえで重要な価値を持ちます。
このように、患者・医療機関・製薬会社という三者に対してそれぞれ明確な価値を提供しつつ、実際の収益は主に医療機関向けの利用料や、製薬会社・CROとの治験関連プロジェクトから得られる構造になっています。
3. 私がLegit.Healthから学んだこと:日本市場・自分の事業への示唆
この事例から、私自身の医療DXの取り組みにも活かせると感じたポイントを整理します。
1. 「AIドクター」ではなく「AIによる測定ツール」を優先する 医師を置き換えるのではなく、医師の判断を前提としつつ、目視や手計算に頼っている部分を正確かつ一貫した形で代行するツールにこそ現実的な需要があると感じました。
2. 「保険適用の要件」を踏まえた設計を行う 日本では「特定のスコアがないと高価な薬が使いにくい/算定が取れない」といったルールが多数あります。最初からスコア算出や記録を自動化する前提で設計することは、病院の収益と診療の質の両方を高めるうえで有効だと学びました。
3. 製薬会社のR&D予算を組み込んだビジネスモデルを検討する* 病院からの利用料だけに依存するのではなく、治験データの質を高める基盤として設計し、製薬会社やCROの研究開発費を含めた収益構造を考えることが、スケールのあるモデルにつながると感じています。
これらは、皮膚科領域に限らず、他の診療科や医療以外の分野にも応用できる視点だと考えています。あなたの業界にも、「重要だが、習慣的に『だいたいこのくらい』で済ませている手間のかかる作業」はないでしょうか?
それを正確に数値化し、自動化すること。 そこに、過度に複雑なAIモデルを追い求めるよりも、現場に根ざした実用的なイノベーションの可能性があります。