Takeshi Ikemoto

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Apple Watchはいらない。「指を置くだけ」で不整脈を見抜くベルギー発の処方箋アプリ

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1.はじめに:「病院に着いた時には、発作は消えている」

動悸や脈の乱れを訴えて受診しても、診察室での標準的な心電図検査は「その数秒間」の記録に過ぎません。タイミングよく発作が起きていなければ、波形は「正常」と記録され、確定診断に至らないことがあります。

「症状はあるのに、検査では異常なし」。 これは不整脈、特に脳卒中の原因となる「心房細動(AFib)」の初期診断において、頻繁に直面する構造的な課題です。多くの心房細動は最初は発作性(一時的)であり、24時間ホルター心電図検査を行っても、その日に発作が起きなければ捉えることが難しいからです。

今日ご紹介する FibriCheck(フィブリチェック) は、この「病院では捕まえきれない発作」を、自宅で逃さず記録するために開発された医療アプリです。

【Startup Fact Sheet】

企業名: FibriCheck (Qompium nv) 本拠地: ベルギー 創業: 2014年 核心技術: PPG(光電式容積脈波記録法)によるリズム解析 実績: 米国FDA認証、欧州CEマーク取得。60万人以上が利用。 注目点: 特別なハードウェア(時計など)を一切使わず、スマホだけで医療グレードの検査を実現。

FibriCheck

FibriCheck is a medically certified app that helps patients m

www.fibricheck.us

https://www.fibricheck.us/for-patients

2. 祖父の後悔を繰り返さない

FibriCheckの創業ストーリーは、多くの医療系スタートアップと同様、個人的な「痛み」から始まっています。 創業者のLars Grieten氏は、祖父を脳卒中で亡くしました。原因は、それまで診断されていなかった「心房細動」でした。

「もし、祖父がリビングでテレビを見ている時、あるいはトイレに起き出した時、その『違和感』をその場で記録できていたら、脳卒中は防げたはずだ」

従来の「24時間ホルター心電図」は、装着が煩わしく、数年に一度しか行われません。 彼らが目指したのは、「いつでも、どこでも、誰でも、ハードウェアなしで」使える検査機器でした。

3. カメラに指を置くだけで「不整脈」が見える理由

FibriCheckの使い方は、驚くほどシンプルです。

1. 座る:リラックスして座ります(安静時推奨)。 2. 起動:アプリを立ち上げ、測定ボタンを押します。 3. 光る:スマートフォンの**バックカメラのフラッシュライト(懐中電灯)が自動的に点灯します。 4. 置く:光っているカメラレンズに指先をそっと置き、60秒間待ちます。

これを「1日2回(朝・夕)」と「症状がある時」に行います。 これだけです。特別な機械(Apple Watchや心電計)は一切必要ありません。

なぜカメラで分かるのか?(PPG技術) 「カメラで心臓の動きが分かるの?」と不思議に思うかもしれません。 実は、心臓がドクンと拍動して血液を送り出すたびに、指先の毛細血管の血流量がわずかに変化し、皮膚の色(光の吸収量)が微妙に変わります。

人間の目には分かりませんが、スマートフォンの高性能カメラとフラッシュライトは、この微細な色の変化(脈波)を正確に捉えることができます。これをPPG(光電式容積脈波記録法)と呼びます。 パルスオキシメーターと同じ原理を、スマホ単体で再現しているのです。

圧倒的な精度(感度96.3% / 特異度99.3%) 「でも、スマホの簡易検査でしょ?」と侮ってはいけません。 2025年の*Nature Digital Medicine*に掲載された最新の研究では、10種類の異なるスマートフォンを使って検証が行われ、心房細動(AF)の検出において感度96.3%、特異度99.3%という、病院の検査機器に匹敵する驚異的な精度が証明されました。 (論文: "Fibricheck detection capabilities for atrial fibrillation (FDA–AF): a multicenter validation study" https://www.nature.com/articles/s41746-025-02059-2

【結果の表示】 患者には「信号」、医師には「波形」 解析が終わると、患者さんのスマホには「緑(正常)・オレンジ(要注意)・赤(異常)」という信号機のようなシンプルな色だけで結果が表示されます。 難しい波形を見せて不安を煽ることはしません。

一方、医師の管理画面には、専門的な「脈波波形」や「心拍間隔のバラつき(タコグラム)」が詳細に送られてきます。 この「患者には分かりやすく、医師には詳しく」という情報の出し分けも、現場で愛される理由の一つです。 この「蓄積された臨床エビデンス」こそが、FibriCheckの信頼性の源泉です。

4. Apple Watchとの違い:医療現場から見た2つの利点

心拍リズムを測定できるデバイスとしてApple Watchが有名ですが、医療現場での実用性を考えると、FibriCheckには以下の2つの利点があります。

① 機種を選ばず、誰でも使える(専用デバイス不要) 心房細動のリスクが高まるのは70代、80代の高齢層ですが、この層の多くは6万円以上する最新のスマートウォッチを所有していません。また、毎日の充電管理も高齢者にとってはハードルとなります。

一方、FibriCheckはスマートフォンさえあれば、機種を問わず利用可能です。本人がスマホを持っていなくても、家族のスマホを借りて測定することもできます。 「高価な専用デバイスを購入しなくても、アプリをダウンロードするだけで検査ができる」という点は、高齢者医療において極めて重要な要素です。

② 「処方箋」としてのビジネスモデル もう一つの特徴は、アプリを継続利用のサブスクリプションではなく、「期間限定の検査キット」として提供している点です。

1. 診察室:医師が心房細動の疑いがある患者に対し、QRコード(処方箋)を渡す。 2. 自宅:患者は無料アプリをダウンロードし、QRコードを読み込むことで2週間限定で測定機能を利用する。 3. 再診: 2週間後、測定データは医師に共有され、診断に活用される。

費用については、患者個人が負担するのではなく、「病院」や「保険会社」が負担する仕組みが欧州(ドイツやイギリス等)で確立されています。

「一生使い続けるもの」ではなく、「診断のために一時的に使う医療行為」として位置づけられているため、既存の医療システムにも導入されやすい設計になっています。

5. 私がFibriCheckから学んだこと

FibriCheckの事例は、私たち医療者や、これからヘルスケアに関わる人々に重要な視点を教えてくれます。

一つは、「新しいデバイスを作らない」という選択です。 多くのMedTech企業が専用デバイス(ウォッチやパッチ)の開発に向かう中、FibriCheckは「患者が既に持っているスマホ」の機能だけで勝負する道を選びました。結果として、デバイス購入のハードルをなくし、最もリスクの高い高齢者層へアプローチすることに成功しています。

もう一つは、「監視」から「記録」への意識転換です。 24時間の常時監視は医学的には理想ですが、患者さんにとっては生活の負担になります。 FibriCheckは、「1日2回+症状がある時」というスポット測定を、2週間という期間限定で行うモデルを採用しました。 「ずっと監視されるのは大変だが、2週間だけなら頑張れる」。 この患者心理に寄り添い、現実的な「続けられる頻度」に落とし込んだ設計こそが、医療現場に受け入れられた最大の理由だと感じます。

6. 終わりに

日本は世界一の高齢化社会であり、脳卒中は寝たきりの主要因です。 FibriCheckのような技術が普及すれば、地域の健康診断で「自分のスマホを出してください」と言うだけで、その場で一斉にスクリーニングが可能になる日も近いかもしれません。

あなたのポケットに入っているそのスマートフォンは、実は優秀な「心臓専門医」の目を持っています。 テクノロジーが、より自然な形で私たちの命を守ってくれる。そんな未来は、もうすぐそこまで来ています。